飛ばないのに空港へ行く旅|成田空港を「通過点」から「目的地」へ
飛行機に乗らないのに、わざわざ成田空港へ行く。
そんな旅があっても面白いと思いませんか?
成田空港といえば、海外旅行や国内旅行の出発地。多くの方にとって、目的地へ向かう途中に利用する場所です。
ところが、私たちは2018年から、空港や鉄道などの交通施設そのものを楽しむ体験ツアーを企画してきました。
現在は、成田空港の3つのターミナルを歩く見学ツアーをはじめ、かつての空港駅、地下通路、空港周辺の歴史や風景を訪ねる体験を開催しています。
こうした取り組みを、旅行者の目線から物語にしたのが、無料電子書籍『成田空港リトリート 飛ばないのに、成田空港へ行く旅』です。
今回は、この短編小説から印象的な場面を紹介しながら、飛行機に乗らない空港の楽しみ方をお伝えします。
「成田空港へ行くのに、パスポートはいらなかった。」
これは小説の冒頭の一文です。
主人公は、仕事や日常生活に少し疲れた一人の旅行好き。以前は海外旅行を楽しんでいましたが、最近は時間や費用、気持ちの余裕がなく、旅の計画を立てても実行できない日々が続いていました。
そんな時、成田空港を飛行機に乗らずに楽しむという情報を見つけます。
遠くまで行く必要はない。空港の近くに一泊して、温泉に入り、翌日は空港をゆっくり歩く。それだけでも旅になるのではないか。
主人公は、思い切って一泊二日の小さな旅を予約します。
ここで描きたかったのは、旅行の楽しさは移動距離や旅行代金の大きさだけでは決まらない、ということです。
成田空港には、飛行機に乗らなくても味わえる非日常があります。
世界各地へ向かう出発案内、行き交う旅行者、さまざまな国の航空会社、巨大な建築空間、空港で働く人々。
普段なら乗り継ぎや搭乗手続きで急いで通り過ぎる場所も、時間に追われず眺めてみると違った風景に見えてきます。
空港周辺のホテルと温泉も、旅の目的になる
小説の主人公は、成田空港周辺のホテルに宿泊し、「成田空港温泉 空の湯」を訪れます。
空港周辺のホテルは、早朝便や深夜便を利用するための宿泊施設という印象が強いかもしれません。
しかし、飛行機に乗らない旅行なら、宿泊そのものを楽しむことができます。
空港周辺の景色を眺め、温泉でくつろぎ、夜のターミナルの灯りを楽しむ。翌朝はゆっくり起きて、空港見学に出かける。
小説でも、主人公はこんな気持ちになります。
「無理に遠くへ行かなくていい。」
忙しい日常から少しだけ離れたい時、必ずしも遠方の温泉地や観光地へ出かける必要はありません。
空港へ向かう鉄道やバスに乗ること自体も、旅の始まりになります。
航空券を買わず、パスポートも持たず、搭乗時間を気にしない。そんな気軽な空港旅もあるのです。
3つのターミナルを歩くと、成田空港の見え方が変わる
小説の翌朝、主人公は成田空港第2ターミナルに集合します。
参加するのは、実際に開催している「成田空港見学ツアー(3ターミナル早回り)」をモデルにした体験です。
物語では、第2ターミナルから第3ターミナルへ徒歩で移動し、無料のターミナル連絡バスで第1ターミナルへ向かいます。
第2ターミナルは、大きな吹き抜けや国際空港らしい建築空間が印象的です。
第3ターミナルは、LCCを利用する人のために設計された施設。色使いや通路の構成など、第2ターミナルとは違った特徴があります。
そして第1ターミナルは、1978年の成田空港開港以来の歴史を持ち、北ウイングと南ウイング、航空会社、展望施設など、多彩な見どころがあります。
同じ成田空港なのに、建物の役割も設計も雰囲気も違います。
一つのターミナルだけでは分からなかった空港全体の姿が、比較して歩くことで見えてきます。
これが、私たちが3つのターミナルを案内する理由の一つです。
2026年、新しくなった展望エリアも物語の舞台に
小説の終盤で主人公が訪れるのは、第1ターミナル5階の「SHIKISAI GARDEN」です。
2026年4月9日にリニューアルオープンしたこのエリアには、展望デッキ「GARDEN WALK」があります。
飛行機を眺めるだけでなく、足湯や緑、水のせせらぎなどを楽しみながら、ゆっくり滞在できる空間です。
主人公はツアー終了後、もう一度この場所へ戻ります。
急いで飛行機を見て帰るのではなく、椅子に腰を下ろして、空港の風景を眺める。
そこで描いたのが「リトリート」という考え方です。
日常から少し離れて、心身を休め、また普段の暮らしに戻る。
空港は、どこか遠くへ出発する人だけの場所ではありません。
何も急がず、飛行機を眺めながら過ごすための場所にもなり得るのです。
旅の楽しさを変えるのは、訪れる場所だけでなく「見方」
この物語には、体験ツアーを企画する立場から伝えたいことも込めています。
同じ空港でも、搭乗するために急いで歩く時と、ゆっくり見学する時では、まったく違うものが見えます。
さらに、ガイドと一緒に歩けば、建物の歴史、空港の仕組み、鉄道やバスとの関係、将来の再整備計画など、自分では気づかなかった話題にも出会えます。
観光地ではないと思っていた場所が、誰かにとっての魅力的な目的地に変わる。
私は、これが体験ツアーの面白さだと思っています。
これから体験ツアーを作りたい方にも、ぜひ考えていただきたいことがあります。
有名な観光名所をいくつも並べることだけが、魅力的なツアーではありません。
普段は通り過ぎる場所に立ち止まる理由を作る。訪問する順番に意味を持たせる。そこに暮らす人や、その場所をよく知る人の経験を重ねる。
それだけで、いつもの風景が一つの物語になります。
「飛ばないのに空港へ行く旅」は、まだまだ広がります
成田空港の楽しみ方は、3つのターミナルだけではありません。
かつて「成田空港駅」と呼ばれた東成田駅には、開港当時の面影が残っています。空港第2ビル駅から続く約500メートルの地下通路を歩けば、華やかなターミナルとは違う空港の歴史を感じられます。
空港の東側には、滑走路下を通る木の根トンネルや、航空機を間近に感じられる東峰神社があります。
映画やテレビドラマのロケ地になった場所、空港を支える市場や周辺地域、そしてこれから大きく変わる成田空港の未来。
どれも「飛ばないのに空港へ行く旅」の題材です。
飛行機が好きな方はもちろん、鉄道やバスが好きな方、歴史に関心がある方、建物やアートを楽しみたい方、一人で気軽に出かけたい方にも、それぞれ違った発見があります。
最後の一文に込めた思い
小説の終盤には、次の文章があります。
「たぶん私は、この二日間で、旅を飛行距離だけで測らなくなっていた。」
私がこの物語で一番伝えたかったことの一つです。
遠くへ行ったから素晴らしい旅になるわけではありません。
身近な場所で新しい発見をしたり、いつもと違う時間を過ごしたりすることも、立派な旅だと思います。
次の休日、飛行機に乗る予定がなくても、成田空港へ出かけてみませんか。
きっと、これまでとは違う空港の表情に出会えるはずです。
著者・作品について
斉藤常治(観光コンサルタント・成田空港リトリート合同会社代表)
2018年から、空港、鉄道、地域の歴史などを活かした体験ツアーを企画・開催。現地ガイド育成、国内外OTAへの掲載支援、地域観光コンテンツ造成などに取り組んでいます。
本記事で紹介した『成田空港リトリート 飛ばないのに、成田空港へ行く旅』は、実在の成田空港と現地体験ツアーを題材にした短編小説です。登場人物や会話は物語として創作したもので、実際の参加者の体験談ではありません。
本作品は、地域の歴史や交通、風景を物語として伝える「RailfanGuide文庫」の一冊として、Amazon KindleとGoogle Playブックスで無料配信しています。
実際の現地ツアーと、物語として描いた成田空港。両方を通じて、空港を「通過点」から「目的地」へ変える楽しさをお伝えしています。