わたしの二度の危機を乗り越えた体験
<20代の絶望 - ヘルニアとの壮絶な戦い>
20歳の春、人生を大きく変える出来事が突
然襲いかかりました。それは、のたうちまわ
るほどの激痛を伴うヘルニアの発症でした。
痛みは容赦なく、立つことも座ることもできな
い状況が続きます。仕事への復帰は不可能となり、
1ヶ月間という長期間にわたって職場を離れるこ
とになりました。上司からの厳しい叱責は避けら
れず、職場での立場も危うくなる絶望的な状況でした。
幼い頃から慣れ親しんだ実家の近所にある接骨院
に診てもらいました。骨折を繰り返していた子供
時代、事あるごとに世話になっていたその場所。
優しい先生の手のぬくもりは、今でも鮮明に記憶
に残っています。
その温かい手による治療を受けること3ヶ月。回復
を遂げ、完全に痛みから解放されました。この体験
が、私の人生における最初の大きな転換点となった
のです。
<7年前腰痛で動けなくなる惨劇>
平穏な日々が続いていた7年前、再び腰痛の
悪夢が襲いかかりました。
その日参加したのは、2時間にわたるセミナー
でした。会場はギッチギチに詰め込まれた椅子が
並び、参加者は身動きが取れない状況での受講を
強いられていました。長時間の座り姿勢に耐えな
がら、ようやくセミナーが終了。
立ち上がった瞬間、腰に激痛が走りました。
会場のトイレに向かうのも、かがんで歩くのがや
っとという状況。なんとかトイレにたどり着いた
ものの、そこで待っていたのはさらなる試練でした。
<地獄の1時間 電車内での絶望>
1時間の電車移動が始まると、腰に痛み出し、
脂汗が噴出してきました。耐え難い痛みに襲わ
れ、途中下車を余儀なくされました。電車を下
車した時によしに激痛が走り、駅のベンチで動
けなくなり、1時間もの間、身動きが取れない
状況が続きました。
周囲の人々の視線を感じながら、痛みと闘う
孤独な時間。あの時の絶望感は、今思い出し
ても胸が締め付けられます。
<高速道路での危険な体験>
さらに追い打ちをかけるように、高速道路を
運転中にも腰に激痛が発生しました。運転中と
いう最悪のタイミングでの発症は、生命に関わ
る危険な状況でした。
1時間という長時間、高速道路上で動けなくな
るという恐怖体験。後続車両への配慮や、自身
の安全確保など、痛みと恐怖が同時に襲いかか
る極限状態でした。
<脊柱管狭窄症の診断 >
病院での診断結果は「脊柱管狭窄症」でした。
<セルフケア整体との出会い >
知り合いから紹介された施術法は「セルフケア
整体」という手法でした。これは、弱っている
筋肉と使い過ぎている筋肉のバランスを整え、
筋肉と関節の動きをスムーズにすることで、機
能的で健康な体を作る革新的なセルケアでした。
このセルフケア整体の特徴は、単なる痛み止め
ではなく、根本的な体の機能改善を目指すとい
う点にありました。筋肉のバランス調整により、
体全体の調和を取り戻すアプローチは、従来の
施術法・セルフケアとは一線を画するものでした。
<奇跡の1ヶ月 - 完全回復>
セルフケア整体を開始してから、驚くべき変
化が現れました。わずか1ヶ月という短期間で、
痛みとしびれが完全に消失したのです。
あれほど苦しめられた激痛が嘘のように消え、
日常生活を取り戻すことができました。高速道
路での運転も、長時間の座り姿勢も、以前と同
じように行えるようになりました。
<二度の腰痛地獄を乗り越えて>
20歳時のヘルニアから始まり、7年前の脊柱管狭
窄症まで、二度の重度の腰痛を経験しました。
しかし、それぞれ異なる施術法により、完全回
復を果たすことができました。
子供時代からお世話になった接骨院の先生の温
かい手と、革新的な関節トレーニングという二
つの治療法。これらの出会いがなければ、今の
健康な生活はありませんでした。
痛みで動けなくなった駅のベンチでの1時間、高
速道路での1時間という絶望的な体験も、今と
なっては貴重な財産となっています。同じような
苦しみを抱える方々に、希望を与えられる存在に
なりたいと強く願っています。
柔道整復師 整体師 セルフケア整体トレーナー