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教員歴30年(労働問題の経済学)。
300人余りの学生のひとり一人の悩み相談に答えつつ、就活を支援してきました。
その結果、就活に悩む学生に、どうすれば情況を改善でき、努力を成功に結びつけられるかを、送り出す側の客観的な視点からアドバイスできるようになりました。
そこで分かった就活の方法を誰もが利用できるノウハウとしてまとめ、多くの成功のお手伝いをしてきました。
私も長年オーバードクター(就職浪人)で、「研究費のためにアルバイト時間がほしい」、「研究時間のためにアルバイトを減らしたい」とジレンマが何年も続きました。だから、就活の...
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封建社会の中から生まれた資本主義は、封建的社会関係を打ち倒し自らにふさわしい社会体制を作り出すために、大きな社会変革=市民革命を必要とした。市民革命に先だって、封建社会の克服の課題を担ったのは、哲学・思想の領域や、絶対王政の経済システムを批判する新しい経済学の登場であった。
絶対王政の戦費調達に対抗するための経済思想として、封建国家の経済過程への介入の制限=小さな政府(スミス)や王権神授説の否定(啓蒙思想家)が生まれる。講義では、それらの新しい時代を開拓した人々が、その時代とどう格闘して、市民社会を作り出そうとしたのかを理解することをテーマに、絶対王政末期の哲学・社会思想・経済学を捉える。
啓蒙思想家たちによれば、封建社会の暗雲を取り払えば、人間が理性を通じて社会をコントロールする「理性の王国」が生まれるはずであり、生まれなければならなかった。しかし、彼らが期待した「理性の王国」は登場せず、生まれてきたのは「資本主義社会」であった。資本主義社会がもたらした生産力の上昇という積極的な側面とは別に、資本主義は、失業と恐慌をもたらし、人々は生活の防衛のために、資本主義社会を社会的にコントロールする必要を感じるようになった。
こうして実現されなかった啓蒙思想を材料に、それを改善してより徹底させるというところから社会主義思想が生まれるが、冬至の資本主義社会の未発達さに規定され、社会理論として十分に展開されることなく、ここの思想家の理想を社会に押し付けるユートピア思想にしかすぎないといった限界を持った。ここでは、その中でも優れた3人の空想的社会主義家を採り上げる。
産業革命とともに成立した機械制大工業の下で、自然科学は大いに発達を始めるが、当初の内容は、対象を分解する分析的方法が主たるもので、対象は分解された諸要素の寄せ集められた、機械的な原理で動くものとしてイメージされた。それらの分析では、対象の持つ有機的は連関や有機体の運動を捉えることができなかった。ヘーゲルは、このような対象の有機性を捉えることでその不十分さを克服し、また、固定的、静的に捉えられがちな自然や社会が、変化の中にあるものとして捉えた。こうしてあらゆるものが変化の中にあるという革命的な内容を持つ弁証法が発見される。
しかし、このような革命的見地は、ヘーゲルの哲学体系と矛盾し、ヘーゲル死後、ヘーゲル学派は解体する。ヘーゲルの神秘主義を克服することを目的に、新しい唯物論的な方法でのアプローチが始まるが、そのことはヘーゲル哲学の合理的部分である弁証法を捨て去ってしまうという不十分さを持った。
ヘーゲル弁証法の欠陥と新しい唯物論の欠陥を克服したのが、弁証法的唯物論である。弁証法的唯物論は、世界の根源が物質とその運動にあり、それらが生成・発展・消滅または揚棄の過程の中で変化し続けるものであることを明らかにした。それは、自然界だけでなく、社会のあり方をも規定しており、とくに社会の歴史的発展についての学説は、史的唯物論(唯物史観)と呼ばれる。
こうして、社会は特定の神秘的なもの(神・精霊・絶対的精神)によって発展するのではなくて、社会を再生産する諸条件(生産力と生産関係およびそれに規定されたイデオロギー的上部構造)が変化することを通じて、変化するものとして捉えられる。そして、一定の期間は一定の社会関係、社会制度の下で社会は安定的な発展を行うが、その条件が失われれば、急速な変化が生じて、別の社会が生まれる「社会革命」が生じることが示される。
ある社会を成り立たせているのは2つの要素である。第一は、人間と自然との間の物質的代謝のあり方で、特に人間が自然を加工して生産した労働生産物が人間の社会生活を営む上での条件であるから、この生産を行う能力のあり方が富の質量を規定するから、生産力がいかなるものであるかという点が、重要である。
第二は、生産、分配、消費をめぐる人間関係がいかなるものかによって、社会のあり方が規定される。生産を担当する人間とその生産物の剰余を奪う人間が出現すると、異なる経済的立場がそれぞれの利益に基づく集団(階級)を作り出す。階級に分裂した社会は社会を安定化するために、支配階級の利益にそった社会関係を暴力的に再生産する国家、法律、宗教、文化的なイデオロギー的社会関係を作り出し、ある階級的社会関係は、一定の期間継続し、歴史的な時代を作り出す。やがて、生産力の上昇とともに、生産関係の中での軋轢が発展すると、次の生産力の発展にふさわしい社会関係を生み出す力が蓄積される。こうして、社会は、自ら発展するものとして、その歴史を経済的関係の規定性を受けつつ、展開していくことになる。
資本主義的生産関係の下では、富である労働生産物は、商品の姿をとる。この単なるモノではなく社会関係の産物でもある商品が持つ性質は、価値法則を生み出す。この商品同士が作り出す社会関係は、特定の商品を一般的等価物である貨幣を生み出す。一般的等価物であるがゆえに生じる貨幣の機能は、貨幣となった商品に本来その商品がもっていない不思議な性格があるように人々に意識させる(物神性)。この物神性に捉えられることが、人が貨幣に振り回される大きな理由の一つであることを示す。
しかし貨幣の物神性は、その原因がわかっても、商品生産が続く限り、商品生産によって社会的分業がおこなわれる限り、絶えず発生する。したがって、貨幣をなくすことが社会をよくすることだと考えた人々はそれが根本的にあやまっていたことを明らかにする。
資本主義的生産の秘密は、剰余価値生産にある。資本家は、労働者から労働力を商品として購入するが、その際、労働者の労働力の価値は、労働力を再生産するために必要な生活必需品の総額として、社会的な相場として決まっており、その価値の大きさに見合う貨幣が賃金である。商品の価値を形成するのはその商品に投下された労働量であるから、労働者は働けば働くほど、自分の労働力の価値である賃金の価値の大きさとは無関係に、その価値をはるかに超える価値を形成することができる。この差額が剰余価値であり、それは資本家の利得として無報酬で資本家のポケットにはいる。
したがって、剰余価値を形成する剰余労働時間がながければながいほど剰余価値が増え、賃金が少なければ少ないほど、労働力の価値を補填する必要労働時間が減少して剰余労働時間が相対的に延長され、また労働の強度が大きくなればなるほど、剰余労働量が、したがって資本家の利得が増える。長時間、低賃金、過密労働こそが資本家の利得を拡大する手段であり、資本は生まれながらブラック企業となる潜在的可能性を本性として持っているのであることを明らかにする。
多くの人々は、失業とは職場の数よりも労働者の数が多いことから失業が生じていると思っている。マルサスは『人口論』で産業は数列級数的に増加するが、人口は幾何級数的に増加するから、失業が生じるので、出産制限することで雇用を均衡させるべきだと考えた。これも同じ感覚から生じている。しかし人口が減少している国々で失業が生じているのはどうしてだろうか。
第8回の講義では、資本が拡大再生産する中で、賃金が上昇し、そのことが剰余価値増大をめざす資本の蓄積との齟齬を生じ、蓄積がストップし、不況局面に突入し失業が生まれる。また、この限界を制限に変えて突破しようと、資本は賃金が上昇しないように労働力を相対的に減少させる合理化投資をしていこうとすることが、失業を生み出すというマルクスの資本主義的人口法則を検討する。