はじめまして!講師をしている赤星周(あかほしあまね)です。
私はフリーのアーティストとして、ダンスをしたり絵を描いたりしています。
このワークショップでは、私が身体と向き合うきっかけとなった「野口体操」を、私なりにアレンジしたものをシェアします。
ゆっくりじっくり、お互いの身体をたしかめ合う時間を一緒に過ごしましょう!
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「からだ持ち寄りピクニック」
「その人がその人にかえっていく」
「私は私以前の、カタチになる前の感覚を思い出したような気がしています」・・・
前回参加してくれた方たちの感想です。
■ 7/13(土)〜15(日) (13:30集合、17:00解散)
■ 内容
〜〜 赤星体操とは 〜〜
野口体操をベースにした、人のからだをほぐしつつ自分もほぐれちゃうワークです。
ペアで相手のからだをゆらしながら、赤星が「こんなふうにゆらゆらしてみよう〜」とか、「ええかんじ!」とか言いながら、からだとからだの”つながり”を探求していきます。
大まかなイメージとしては、
・からだほぐし(赤星体操)
・声のワーク(★)
・絵のワーク(◎)
の中から選んで、その場の流れやご要望に応じながら進めていきます。
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ダンスにしろ、格闘にしろ、恋愛にしろ・・・ジャンルはちがえど、関わり合いのなかでうまれる「いま相手とつながった!」という瞬間を目指しているのかなーと思います。
で、その「つながった!」という感覚は、「ダンス」や「格闘」や「恋愛」というフォーマットがなくたって享受できるんじゃないだろうか?
大人になってから、「ふれ合うたのしさ」を感じるためのハードルがやけに上がってしまっている。
知識や経験、技術など求められるものが多く、うれしさに達する前に劣等感がくる・・・。
そういった無用なハードルを限りなく下げた場をつくりたい。
「型ありき」ではなく、自分と相手にとっての「これこれ!」を探る、その方向へ向かうお手伝いを赤星がします。
「上手!」とか「できてる!」とかいう社会的な評価なんかより、当事者同士や本人のからだのよろこびの方が100倍大事です。
・・・という場から産まれてくるものを見てみたくて、ワークやってます。
わたしの思う
「みんなのからださえあれば、そういうふれ合いの場はつくれるんじゃないか?」
と、
来てくれた人の
「わたしが生きてさえいれば十分っしょ」
が交差する場と時間をつくれますように。
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★ 声のワークについて ★
声を出せる施設なので、「らららら〜」と声であそんでみようと思います。
「情報を伝達する信号」としての声ではなく、「からだの延長として生きている声」ってなんなのか?
声が"とどく"、声で"ふれる"、声で"つながる"・・・
絵でみえるからだもあれば、声でみえるからだもあります。
「わたしの声ってこんななんだ」
「この人の声ってこんななんだ」
集まってくれた人が、じぶんのからだ、みんなのからだを体感できる場となりますように。
◎ 絵のワークについて ◎
参加者同士でボディワークをした後、相手や自分のからだから受けた印象を絵に描くワークをします。
絵と言っても「からだで受け取ったものを、からだで描く」ことがねらいなので、”絵の出来”はどうでもいいです(笑)
感覚的にサラッと線で書き留めるくらいのイメージです。
「言葉にするのむずかしいから言わんとこ」な感覚を、紙に描いてみて、みんなで共有したとき、あたらしい言葉やあたらしい自分を発見できるかもしれません。
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あかほしあまね
絵描き。動作法、野口体操、瀬戸嶋体操、竹内レッスン、CI、マッサージ、演劇など、からだのことをかじりはじめていつのまにか10年。20代まで絵や文章かいてジメジメしてた反動で、からだを動かしたくなっちゃって、今に至ります。 〜もみもみ100人切り、挑戦中〜
https://bijutsutecho.com/magazine/review/18275===
【赤星体操がうまれるまで】
あろうことか美術大学にはいってまもなく、2011年ごろから絵がかけなくなった。
「これじゃダメなのでは?」
と立ちすくんではじめの一筆が置けない。
そんななかギリギリ信じられたのは身体感覚だった。
「今かんじてる『いたい』とか『かゆい』ぐらいなら、そうだわって思えるね」
というわけで、等身大のキャンバスを用意し、身体感覚をキャンバスにトレースする作業をはじめた。
その絵をみた人が
「あかほし、野口体操ってしってる?」
と言ったのが、私と野口体操の出会いとなった。
まず、野口体操をつくった野口三千三(みちぞう)さんの『原初生命体としての人間』という本をよんだ。
こりゃ体験するしかあるまい、ととびこんだのが野口体操をおしえる瀬戸嶋充さんのWSだった。
けっきょく終わってもなにがなんだか分からなかったけど(笑)、口笛はきもちよく吹けるし、樹のはっぱも1枚1枚ゆれてもりもりゆらゆらきれいに見え、なんだかとても愉快!
それまで人の群れのなかにいながら自分がそういう状態になれたことはなかったので、ナイスなカルチャーショックだった。
それからいつのまにか、からだで話し、ことばでからだを見つめ、そこからまた人とつながり合うことが当時の私を救うようになり、いまも私はその延長線上で生きている。きっとこの先もそうなんだろうなあ。
瀬戸嶋さんが体調不良でお休みに入り、のびのびすごせる場がなくなった。
なら、つくるしかないと思い、自分でワークショップをするようになった。
野口さんは「人それぞれの体操があるから、野口体操と名乗らず、おのおの"鈴木体操"だとか"山田体操"とかすきに名乗ればいいんじゃないか」
って言っていたな・・・ということでさしあたり「赤星体操」と名乗ることに。
しばらく経ってわかったことだけど
「(野口体操の流れは汲むが)あくまでこれは自分のものなので、自分の裁量でつくってOK」とじぶんに許せる(「本家とちがう!」という批判をあびる余地がないという意味で)ことは、実はとってもだいじなことだった。
赤星体操をとおして、ひとりひとりのからだと関わり合うなかで、"その人"へ伝えようと表現をそのつどクリエイトする。自分ひとりで考えているときとは、まったくちがった鮮度や輪郭でことばがたちあがってくる(ノンバーバルなことばも含め)。
まいかい「こんなこと感じて、考えてたのか私」と、自分でじぶんにビックリしてる、今も。
来てくれた人のからだや動き、ことばが、わたしの言葉を呼び出してくれる。みんなの存在がわたしのことばのお産婆さんのようだなあと感じることがふえた。
参加者さんが、たくさんそそいでくれた愛情(?)で、赤星と赤星体操を育んでくれました。
赤星体操をするとげんきになるし(私が笑)、来てくれた人にいきた表情や瞬間をみつけるとうれしくってしかたない。
誇張ゼロで、これまで来てくれた人、その日来てくれる人、その人のからだあってこその赤星体操です。
ぬか床みたいなかんじかな?わたしがぬか。みんなが塩とか唐辛子。山椒やら、キューリやら。
いつかどこか、みなさんとご一緒できたら大変ハッピーです。
どうぞ、ぜひ一度いらしてみてくださいね。お待ちしております!
ここまで読んでくれてありがとうございました。