★★★桜梅塾(おううめじゅく)の講座を
初めて受講するお子様のための、
お試し国語マンツーマン講座です★★★
中学受験は、「心」に始まり「心」に終わる。
私が中学受験指導の仕事を続けるのは、
子どもたちが長い人生を豊かに生きるための一助となりたい、
そして、より良い日本の創造に微力ながらも貢献したいという
強い思いからです。
じっくり、とことん考えられる「脳力」を養い、
真の「学力」を高めることを授業の最大の目的と
しております。
もちろん、この学力は受験においても最大の武器となります。
よって私は、「受験勉強のための受験勉強」
すなわち「これさえやれば受かる」というような
「知識の詰め込み」や「近視眼的で短絡的なテクニック」は
一切使用しません。
【「勉強」を通して学力を高め、
その「学力」を使いこなせるようになるために
最も必要なことは、
本来、「人間的成長」です】
お子様が「自分の意志で決められない」中学受験ほど悲惨なものはない、というのが私の考えです。
意志あるところに道は開ける。
自分で中学受験を目指す心があれば、「勉強の仕方を工夫し、身につける」ことができます。
国語は「なんとなく」の漠然とした教科ではありません。
生きた言葉を生きた知力で扱うために、
然るべき「勉強の仕方」も存在します。
* * *
小学校の国語の時間では「文章を自分なりに味わい、自分なりに感じたことをまとめる」という学習が主体です。
私はこれを「文学する」と呼んでいますが、学校という生活共同体のなかで、言葉を学び、日本語の文章に触れ、日本人の考え方を知っていくことは、人としての成長過程において、とても大切です。
しかし、中学受験を志すとなると、「もうひとつの」国語学習が必要になります。
私が申すところの「受験国語する」という学習です。
感性で「文学する」ことと、論理的に「受験国語する」ことは、異なります。
私はこれまでの人生経験から、社会人として使える「国語力」には、この「文学する」力と「受験国語する」力の両輪が必要だと感じています。
だからこそ、学校生活と受験勉強はどちらも一生懸命に取り組むに値すると考えています。
中学受験をするから、学校生活は二の次、という受験生活は決してお勧めできません。
「受験国語する」なかで最も重要であり軸となることは、「客観的に文章の流れを把握し、論理的に分析して理解する」ことです。
これは、各個人の独自の感性を尊重し、「文学する」こととは、明らかに趣を異にします。
そして、緻密な文脈を的確に、限られた時間内に読み取るためには、文章を読む際に「ツール」を使いこなし、技術的に読み込むのが有効です。
「技術的」というと、入試の裏技のような「テクニック」を連想される方も時々いらっしゃるのですが、私が申すところの「技術的」というのは、もっと有機的なものであり、文字通りの正攻法の「技」です。
難しい試験問題に正面から向き合い、得点に結び付く答えを導き出すには、理論に基づいた適切な「方法」を取らなければなりません。
つまり、この技術を「使いこなす」ためには論理的な思考力という「地力」が必要なのです。
難関、さらには最難関と評される中学校の問題であれば、小手先だけの「テクニックもどき」などで解けるような無機的な問題は出題されません。
これらの学校は、存分に論理的な思考力を機動させなければ歯が立たない「良問」を受験生に投げかけてきます。
なぜなら、そのような学校は、これからの日本をリードしていける「創造力」のある生徒を求めているからです。
では、「中学受験のための進学塾に通えば、どこへ行っても同じように、その『有機的な国語の理論』を教えてもらえるのか?」と問われれば、
残念ながら、イエスとは言えません。
私自身も以前は大手進学塾に勤めていましたが、中学受験のための勉強であるにも関わらず、「文学する」ことが中心の授業を行う講師、ひいては塾が、世の中には多く存在します。
すなわち、「国語」の入試問題を攻略できる「学力」をつけるための「理論」を明確にすることの優位性は、意外と認知されていないのです。
算数の問題の解法については、どの塾でも授業で時間を割いて熱心に解説しますし、加えて「勉強の『仕方』」を教える塾もそれなりに存在するにも関わらず、です。
それでも、少数派であったとしても、理論を土台とした受験国語の「勉強の『仕方』」をお子様が「わかる」ように「解説する」塾や講師に出会う可能性はあります。
しかし、勉強の仕方が「わかる」だけでは、決して「できる」ようにはなりません。
「わかる」と「できる」は大きく異なります。
「わかる」とは、頭の中で理解すること。そして、「できる」とは、理解したことを身につけ、自分一人で再現する力を育むこと。
国語においてお子様が「できる」ように導ける講師となると、ごく少数というのが現実であると言えるでしょう。
また、時々保護者の方々の中に「わかる」と「できる」を同等に考えている方がいらっしゃいますが、この二つは大きく違うということを是非ご理解いただきたく存じます。
同等に考えている方は「どこの塾もやっていることは同じ」「何度もやっているのに何故できないの?」などの言葉でお子様を責める場合もありますが、それは的を射ていません。
一見、同じようなことをやっているように見えても、お子様が自分一人の力で「できる」ようになるまで導けるかどうか、その「教え方の違い」こそが、お子様方の「学力の伸び」や「人間的成長」の決定的な差に直結します。
国語1教科だけが「なんとなく」であっても、中学入試に合格する可能性はゼロではありません。
とはいえ、すべての教科の基本であり、思考力を鍛えるための絶好の教科に対して、どのように「受験国語し」たのかは、中学生、大学生、さらには社会人になってからも、永くその人の中に影を落とします。
ゆえに、この「技術的な読み方」と結び付いた「論理的思考力」は「一生もの」なのです。
私はその「貴さ」を、中学受験を乗り越えた先の、桜蔭での6年間で噛みしめました。
この「思考力」は、どんなに苦しいとき、辛いときであっても「豊かな心」で生きていくために、私の中での礎となっています。
それは、中学受験を経験して進学したことによって私が得たもののなかでも、かけがえのないものの一つです。
中学受験に挑むお子様たちに、「生きる力」を育む受験国語をお教えしたい。
それが、この講座に込められた私の志です。
「なんとなく」ではなく「ツール」を使い、理論に基づいた「論理的な取り組み方」による受験国語。
さらに「できる」自分を目指してみませんか?
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★この講座の講師である私、大竹智子の
受験指導者としての実績等は、
以下のページにてご覧いただけます。
↓
桜梅塾の大竹先生に聞く「中学受験は子ども8割、
親2割」が成功の鍵!一生使える勉強法は
どう身に付く?
https://hugkum.sho.jp/special/233636こちらの記事は、
2021年春、小学館の子育てサイト『HugKum』に
掲載されたものです。
ぜひご一読くださいませ。
小学3年生の娘の体験をさせていただきました。まさに精読を教えていただき、基礎から丁寧に読み込むので、国語の学びかたをしっかりと教えていただける講座だと思いました。 娘の反応が鈍くても、嫌な顔一つせず優しく接していただき、ありがとうございました。